富山地方裁判所 昭和44年(ワ)237号 判決
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〔判決理由〕1、<証拠>を総合すれば、原告は、同人方の世帯主父松次(六八年位)が主宰する家業の農業の経営を実際に担当する者として、右松次、母文子(六二年位)および妻悦子の三名に手伝わせ、農地二〇〇アールを耕作して米その他の農作物を生産するかたわら、東京都方面等で年二回売薬の行商に従事しているものであること、原告方では昭和四三年度において米一九二俵を生産し、その価格は一俵あたり金八、二五〇円であつたから、合計金一五八万四、〇〇〇円相当の収穫を挙げ得たので、これから米作のため通常必要とする経費としてその四〇パーセントに相当する金六三万三、六〇〇円を差し引けば、原告方の右年度における米の生産による収益は金九五万四〇〇円になること、この米の生産、出荷に関し、原告の父松次は前記のとおり原告方の農業経営の主宰者であるけれども、老令であるうえ、他に公職に就いていたため十分な働きをしておらず、母文子は都会の出身で、孫の守りの合間に野良仕事を手伝う程度であり、妻悦子も女性の身で機械や重量物を扱う農作業は委せる訳にいかず、これらはすべて原告の仕事になつていたこと、また、同年度において、原告は、えんどうを五アール作付けして四一〇キログラム、茄子を六アール作付けして七、三〇〇キログラム、結球白菜を三〇アール作付けして一五、八〇〇キログラムの収穫を挙げ、そのうちえんどう四一〇キログラム、茄子七、一五〇キログラム、結球白菜一万五、二〇〇キログラムを出荷、販売して総額で金四三万八、四〇〇円の収入を得たので、これから右野菜作りに通常必要な経費としてその四〇パーセントに相当する金一七万五、三六〇円を差し引くと、原告の右年度における野菜生産による収益は金二六万三、〇四〇円になること、さらに原告は同年度における前記売薬の行商により一年間に金五三万円の売上げ収入があつたから、これからその仕入れ代金総額金一九万八〇〇円のほか、右行商に必要とする諸経費として売上げ金額の一〇パーセントに相当する金五万三、〇〇〇円、以上合計金二四万三、八〇〇円を差し引いた残額金二八万六、二〇〇円の収益を得たこと、しかるに昭和四四年度は本件事故による受傷のため、原告は右事故発生の日の翌日から少くとも前記のとおり入、通院を終つた同年九月三〇日ごろまで右農業および売薬の行商の仕事に就くことができなかつたことが認められ、したがつて、もし本件事故に遭遇しなければ、原告は右事故発生の日の翌日である昭和四四年一月二五日から同年九月三〇日ごろまでの約二四九日間引き続き右農業および売薬の行商の仕事に就き、一日あたり金二、八〇六円(本件事故前の昭和四三年度に挙げた前記収益中、前記認定事実にあらわれた原告自身の労働の質と量、経営に対する寄与の程度などにかんがみてその所得に帰属すべきものと考えられる米作による収益の二分の一額と野菜の生産出荷および売薬の行商による収益の各全額の合計額金一〇二万四、四四〇円を三六五(日)で除した得た金額、円位未満切捨)程度の収益を得、したがつて右期間中に総額金六九万八、六九四円の利益を取得し得たものと推定されるところ、本件事故に基づく受傷により休業のやむなきに至つたため、原告はこれら就労による得べかりし利益を喪失し、これと同額の損害を被つた筋合である。
2、原告は、本件事故による受傷のため東京都で入院中、その父母、妻および子供が各二回上京したので、その交通費として金二万七、三六〇円、滞在員として金二万五、〇〇〇円を支出したと主張し、<証拠>によれば、原告の右主張事実を認めることができない訳ではなく、遠方に居住する原告の父母や妻子が交通事故で重傷を負い異郷で入院中の原告の身を心配してその許に駆け付けることは肉親の情としてまことに無理からぬことであるけれども、その際に要した費用であれば、なんでもすべて右事故と相当因果関係にある損害と認めることは早計であつて、してみると本件では原告の父母、妻および子供が各二回上京するのに要した往復旅費合計金二万七、三六〇円のみはこれを本件事故による損害として肯認すべきであるが、同人らの東京滞在が原告の治療上欠くことができないものであつたことを認めるに足りる適当な証拠がないから、右滞在費は本件事故と相当因果関係にある損害と認めることはできない。
3、被告は原告にも過失があると主張するので判断する。
<証拠>を総合すれば、本件事故現場は東京都新宿区内を池袋方面から新宿方面に通ずる幅員14.8メートル、歩道三メートルの俗に「明治通り」と称されている同区西大久保四丁目一七〇番地先の平坦、かつ直線の舗装道路上で、同所には新宿方面に向つて該道路右(西)側に被告会社の駐車場になつている「富士モータープール」がある。
訴外三品和夫は被告所有の普通乗用自動車(多摩五る三五七号)を運転し、「明治通り」を池袋方面から新宿方面に向つて進行し、本件事故現場付近に至つたが、「富士モータープール」に入るため右折しようとしたこと、当時右道路には反対の新宿方面から来る車がおおむね二列に並進していたので、三品は道路のセンターライン付近で一時停車して、対向車の途切れるのをしばらく待つていたところ、二台の対向車が、センターライン付近に停車している三品の自動車を認め、同車が右折横断できるだけの間隔を明けて停止してくれたこと、そこで三品は直ちに発進して時速約五キロメートルの速度で右折を開始し、徐々に速度を上げて右二台の停止車の前を進行し、自車の前部を右二台のうち向つて右側の停止車の横線よりさらに右方に進出させた瞬間、それまでこの停止車のため見とおしを妨げられていたその右側方、すなわち、停止車の側端と歩道の間に存した2.2米位の空間から急に原告の第一種原動機付自転車(品川あ三六二七号)が進行してきたのを至近距離で発見し、急制動をかけたが間に合わず、歩道の手前で、自車の前部を原告車の右側面に衝突させて原告を車もろとも路上にはね飛ばし、原告を負傷させたものであること、原告は前記原動機付自転車を運転し、「明治通り」の歩道寄りを時速約三〇キロメートルの速度で新宿方面から池袋方面に向つて進行し、本件事故現場手前で後から来た自動車に追い抜かれたが、七、八〇メートル前方の交差点の信号に気を取られながら、同一速度で進行し続けている間、右追抜き車が急に停止したのに気づいたが、なぜ停車したかよく判らないでいる瞬間、右横から三品の自動車に衝突されたものであること、三品は本件事故の現場付近をいつも出入りしており、右事故前にもこれと同種の事故が数回発生したことを知つていたが、これに対し原告は右現場付近を通行すること三回目で本件事故に遭遇し、「明治通り」を右折、横断して前記モータープールに入る車があることを知つていた様子がないことが認められ、<証拠判断省略>
右認定の事実によれば、三品和夫は、道路を右折、横断しようとするものであるから、前方および左右の安全をたえず確認し、いつでも停止できるような速度で進行しなければならない注意義務があるにもかかわらず、これを怠つた過失があることはいうまでもないが、これに対し、原告は直進車ではあるけれども、停止中の二台の車の内(左)側を進行しようとする者であつて、停止している車は、その前を横断しようとする歩行者や車を通すために停止していることも屡々あるのだから、直進車優先だからといつて油断することなく、停止車のために見とおしが困難な死角から車や人が飛び出し自車の進路を横切ることも考えて、停止車とともに一時停止などすべきであるのに、これを怠つた過失があり、これもまた本件事故発生の一因になつていることが認められ、しかして叙上の双方の過失割合は、三品が七、原告が三と認めるのを相当とする。<中略>
5、原告が被告から本件事故による損害金として昭和四四年一月二四日から同年一〇月二〇日までの間に休業補償費名下に金三〇万円の支払を受けたことは当事者間に争いがないので、これを前記財産的損害額と慰藉料の合計金一〇〇万八、二三七円八〇銭から控除すると、その残額は金七〇万八、二三七円八〇銭となる(なお、原告は前記入、通院期間に要した治療費、付添い費を請求をせず、本件請求から除外されているので、被告が原告に対し本件事故による損害金として昭和四四年一月二四日から昭和四五年四月三〇日までに同費名下に合計金七七万六、六二四円を支払つたことは当事者間に争いないけれども、これが控除ならびに損害に対する原告の前記過失による相殺減額はいずれもしない。(岡村利男)